チーム福猫 3周年 

一本の電話が鳴ったのは 2011年5月19日のことでした。

その声は古い友人のまるこさん。 
震災直後の混乱期、避難地域では犬や猫が放浪し 飢えて生死が危ぶまれていました。
彼女はその頃は地元へレスキューに入っていた他県の愛護団体のお手伝いをしていました。
現地では乳飲み子を授乳して育てる余裕はないの。この子たちをなんとかしたい。
切羽詰まった声でした。

今年は奇しくも 同じ日に今年の乳飲み子4にゃんの家族が決定しています。

即座に二つ返事したわけではありませんでした。
こちらもお手伝いに行く予定のシェルターがあったりでスケジュールが空白なわけではなくて。
一瞬 頭の中で 調整が必要だったのです。
手元には哺乳瓶もミルクも無い。スポイトで今夜は凌ぐと聞き、翌日はショップに走り必要な物を揃えて待ちました。

20日 零時過ぎたころ 搬送してきたのは犬班A。さん はじめまして、 でした。 当時は東京-福島を往復してレスキュー参加。
 その日の様子はこちら「福島からの命」。
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最初は乳首を嫌がって やっとの授乳。 空腹でも頑固です。
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やっと3にゃんの授乳を終えて・・・  どの子も170g程度。

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翌朝、しっかりした顔つきの仔にゃん。 たぶんこれはレキ君(甘やかされていまは暴れん坊将軍らしい)

それまでは物資中心の支援だったのが 
私(預かり2号moomama)が保護猫の里親探しという実働に足を踏み入れた最初です。
そして 私の友人たちが 引っ張り込まれた初めの一歩3にゃんでもあるわけです。

当初 募集専用のブログまで開設する余裕は無かったものの・・・
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このこたち みっちゃん&すぅちゃんの募集に苦労したことから この福猫預かり日誌が始まりました。

チーム福猫 5月で3年になりました。
メンバーもお休みしたり増えたり・・・ スポットメンバーもサポートメンバーも。
今年の最初の仔にゃんたちは チームKが頑張ってくれました。

けっこう平均年齢の高いチーム福猫 若い世代にバトンタッチしたい、切に! (笑)
今年のこの怒涛の福猫週間にわが身を知る 

いまは まるこ&犬班A。そしてhibiさんと 福猫舎が立ちあがり・・・ それぞれの役割がますます重要になっていて
チーム福猫も あと2年 震災から5年は目標に応援していきたいと
そんなふうに思っているわけです。


飴と鞭の元締め(笑) 実は頼りないからみんなが応援してくれているわけで、
どうぞ、まだまだ応援してねと 公然と依頼してみました。

続き 愚痴をちょこっと もよろしく(*^_^*)

チーム福猫の譲渡先探しのスタンスは とくに リアルな意味では ですが

声高に 被災猫を強調したものではありません。 

出会ってみて 「福島から来てる猫なんですね」というケースがほとんどです。

ブログでは福島の現状を知って欲しい、関わっている方々の頑張りを知って欲しいと思っていますが
実際の譲渡家族探しは 東京のごく普通に家の無い猫と同じように、、、 です。
そういった場を提供してくださるボランティアさんがいて、できる活動です。
これについては感謝の気持ちを何度か書いて来てたと思います。

震災より以前に エイズ陽性の仔猫の里親探しの際に 保護っ子主治医のA先生
「気にしない人に貰ってもらえばいいんだよ」 という一言。
それは今の被災猫の里親探しにも通じています、というより 生きています。

でも勘違いしてはいけないのは 気にしない=無知 ということではないんです。

この5月は大変心痛む 久しぶりに見えない赤い血が流れるほど怒れることがありました。
必要以上に反原発と福島を結びつけて あることないことをまことしやかに誘導し… 危険と貶める。
あのすっかり忘れていた(まだ続いてたの?)料理漫画です。

きちんとした知識がないものほど 最初に入った知識を受け入れてしまう。それが

福島の猫は大丈夫なのですか? と 素直に言葉にする勇気すら奪っているということなんです。

大丈夫ですかと聞かれた方が 丁寧にお答えするチャンスが生まれます。

同じ漫画でも とても興味深くぜひ手に取って欲しいのは 今話題の 「いちえふ」

38ページ 放れ牛の子牛との遭遇
「事故の後にうまれだんだな」 
もちろん奇形など見たことはない 他の動植物も同様だ 彼らはこの禁断の地でむしろ 自由に逞しく生きている
・・・・・・・・・・・・・ 俺たちもまた(いろいろ言いたいことはあるが)この世界で誇りを持って生きてる

ここで号泣してしまって… 

猫たちだって犬たちだって いろいろ言いたいことはあるでしょう。

誇りを持って 生きのびてきた猫。 誇りを持ってそれをレスキューしてきた仲間。

誇りを持って 新しい家族への橋渡しを続ける それだけです。

1にゃん終わればまた1にゃん。

一人ではとてもできなかった。 だからチーム!

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非公開コメント

三年、お疲れ様です。恐らくこれからも。moomamaに震災前結んで頂いたご縁も5月でしたよ。先日はしみじみした記念日を過ごしてました。ありがとうございます。
あの漫画、本当に何と言うか…あの理屈だと私、鼻血まみれですわ。(`ヘ´)
FIVの子だっていい人はいますし、FelVのダブルチェックもしながらの縁結び、高品質なご縁を産むと信じてます。微力ながらリンクさせて頂いてます。
いつもありがとうございます。

No title

3周年、おつかれさまです!!

うちにいる福島っ子は、保護されたのは2011年の5月と8月。
でも、片方の極度の涙焼け以外と、もう片方が若干phの問題がある以外は、元気。
今でも、年を取ってから何かあるかも、とは思ってますけど、どの子も病気するときは同じ。
都会にいても田舎にいても、癌になるときはなる。
私は、そう考えたから、里親になりました。

気にする人は避ければいい、でも、気になるなら、ちゃんと調べて理解して、避けてほしい。
そう思います。

Mosse☆Mamaさんへ

あの漫画ねえ… ちょっと書いたらすっきりしてどうでもよくなりました。
いや、どうでもよくは無いんだけれど。

原発なんていらない 当たり前のことなんだけれど
私には反原発も脱原発も使う気にはなれない言葉になっています。
いろんな想いであの地に暮らし、ひとくくりにはできない現状です。
どうしたってマスコミ全般 センセーショナルなものでないと
受けが悪い! ってことなんでしょう。

Mosse☆Mamaも3にゃんになって、またにぎやかなことでしょう。
猫の縁結びに携われること、とっても幸せです。
お裾わけで元気を貰っています。まだ頑張れるから、応援よろしく。

月那さんへ

お久しぶりです。コメントありがとうございます。

どんな子もどこで保護された子も リスクは同じなんですよね。
それは純血種の子でも。
友人のブログでは 昨年保護した子ら(東京です)は里子に行ってからFIPの発症が続いて辛かったと書いていました。
兄弟たちが同じように続いてしまったりもしたんだそうで。

元気で長生きしてくれる子、ずっと一緒にいられる子を望む里親希望者さんの気持ちも分かります。

でも保護主も託す時には 病気しないでね、長生きしてね、幸せいっぱい運んでねと そう話してお届け先を後にします。
まして本当の年齢が分からない子の場合にはいっそうその気持ちが強くなります。

ちゃんと調べて欲しいし、私もその調べられる資料がもっとたくさんあればなぁといつも思います。
「VET'Sえひめ」などの冷静な報告は数少ないより所と思って時折読み返しています。
他にも参考になるサイト等ご存じでしたらぜひ教えてください。

次々と「もう一人の月那さん」に出会えているチーム福猫は幸せだと思います。
それは偶然やって来るものでも無く、努力あればこそとこれからも精進しますのでよろしくお願いします。
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プロフィール

チーム福猫

Author:チーム福猫
猫好き世話好きおばちゃん集団。
福島の被災猫さんたちのことが片時も忘れらずに・・・
一人で出来ることは小さいけど、少しずつ助け合って猫の家族探し。
1にゃん終わればまた1にゃん。

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